空手を習い始めました

本日の内容

空手を習い始めした

今年の1月から空手を習い始めました。


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※写真はイメージです


初心者指導中は黒帯の先輩が一人ついてくれて、つきっきりで基本を教わっていましたが、1ヶ月ぐらいで初心者指導が終わり、なんとか先輩たちといっしょに稽古できるようになりました。(空手では先に入門した方を「先輩」と呼ぶことになっています。)

最初の目標は「他の先輩たちと同じ稽古が出来るようになる」だったので、やっとこさで達成できたことになります。

全く歯が立たない

スパーリングにも参加できることになりましたが、全く歯が立ちません。黒帯の先輩だと、本当に大人と子供のようです。色帯の先輩も当然、白帯の先輩でも圧倒される感じです。すごいことだと思います。


実は、私も合気道では黒帯を頂いているのですが「私も合気道でこれぐらいやれるか(初心者の白帯を子供扱いできるか)」と考えると、心もとなく感じます。


次の目標は「せめて、他の先輩の稽古台ぐらいになる」になりました。そのためには…、とりあえず、習ったばかりの基本を復習するしかないですね。他に何をやったらいいかわからないですし、基本的な技の正確さが増せば、もうちょっとマシになりそうな気がしますし。

でも、手の動きはなんとか覚えたものの、蹴りがまだできません。「せめて、一人で手技・足技一通りの復習ができるぐらいになる」の方が先かな?

「声はだそう」

本日の稽古中の、先生の指導がとても納得が行きました。曰く

今すぐ技ができなくても、そう気にすることはない。
「できないことを探す」のも稽古だからだ。

それを「できるようにしていく」のが稽古だ。

なるほど、と思いました。しかも、

でも、今すぐできることがあるよね。
それは「声をだすこと」。

恥ずかしいとかそういうのは置いておいて、やれることをやろうじゃないですか。

こういう流れでこのような指導をいただくと、大変な説得力です。

「そうだよなあ。今の私でもできることがあるなら、そりゃやるしかないよなあ」と、素直に思っちゃいます。よし、声はだそう。


なんだか、良い指導者に恵まれた気がします。社会って、こういう場所なのかなあ、と思ったり(笑)。

今年の目標は

今年の目標は、できれば帯に色を付けることですが、そのためには何をすべきかと考えると、やっぱり「できることをやる」ということになりますよね。基本技の復習を、できるだけ毎日やる、みたいな。


逆に「うまいこと色帯になれたら、次はどうするか」と考えることもできます。そもそも、空手を習い始めたのも「空手でうまく行ったら(成功体験が積めたら)、次は別方面でもう一歩進もう」という考えもあったわけで、世の中はそういう風に動いているというか、世間一般の人々は、こうやって進んでいるんだろうなあ、と思ったります。


先生の指導から、なんだか人生における生き方みたいなものまで感じてしまいました(笑)。











おしまい。