関口宏の“そもそも”「ギャンブルってなんだ!?」を見てみた

本日の内容

  • NHKBSの「関口宏の“そもそも”『ギャンブルってなんだ!?』」を見てみた
  • 人間や動物はギャンブルが本能になっているのかも?
  • ツキがなくなったらどうするべきか

NHKBSの「関口宏の“そもそも”『ギャンブルってなんだ!?』」を見てみた

先日たまたまつけたTVで「関口宏の“そもそも”『ギャンブルってなんだ!?』」をやっていたのでそのまま見てました。

NHKネットクラブ 番組詳細(関口宏の“そもそも”「ギャンブルってなんだ!?」)
ところで、NHKって終わっちゃった番組に対しては、細かい情報を載せないんですね。番組内容とかを残しておけばいいのに。

人間や動物はギャンブルが本能になっているのかも?

全部見ていたわけではないので、なんとなく印象に残ったところを。


動物で実験してみると、動物もギャンブル的な行動をする場合があるそうです。こんな実験です。

  1. ラットくんの喉を渇かしておく。
  2. 実験箱にはレバーが二つと水の出るパイプがある。
  3. レバーのうちひとつは「100%の確率で水が2滴出るレバー」で、もうひとつは「50%の確率で水が4滴出るレバー」になっている。

ラットくんはどういう行動をするか?

確率の期待値からすればどちらも同じなので、どっちを押しても得られる水の量は変わりません。しかし、予想通りというかなんと言うか、ラットくんも50%レバーをたくさん押すそうです。しかし、50%レバーのみを押しまくるわけではなく、100%レバーもいくらか押すんだそうで、レバーを押す回数の比は、だいたい100%レバー:50%レバー=1:3になるとか。
となると、ラットくんも「100%レバーで最低限の水は確保しておいて、後は50%レバーを押しまくって一攫千金を狙う」と考えてるんじゃないかと思えるわけで、なんだか人間と似ている気がします(笑)。


どうやら、人間を含めた動物は、ギャンブルが本能になっているようです。
確かにそうかも知れません。ライオンは「あのシマウマとこのシマウマ、どっちを狙ったら食事にありつけるか」というギャンブルを毎日のようにやっているようなものですし、ペンギンは「この氷原を歩き通したら、うまくいけば海に着く。海に着いたら魚が捕れるかも」というギャンブル、『うまくいけば』や『かも』のために延々と歩くわけです。


自然環境は、天気から始まってほぼすべてがギャンブル的要素に満ちています。ですから、安全策を取るタイプよりも一か八かのギャンブルタイプの方が、生き残る可能性が高かったのでしょう。(正確にはギャンブルタイプの中で運がよかったもの、になるのかな)。


なら、今生きている動物のほとんどがギャンブルタイプであっても不思議はありません。人間にとっても、人生はギャンブルの連続でしょう。とくに結婚なんてのはギャンブルの最たるもので、いいのに当たればいいけどハズレを引いちゃうと…おっと、カミさんの悪口はそこまでだ。

ツキがなくなったらどうするべきか

「ツキがなくなったらどうするべきか」という話もありました。プロのディーラー(日本人)を招いてギャンブルのデモンストレーションをやっていたのですが、その際のディーラー氏の話におもしろいところがありました。


曰く、勝つ客というのはわからないが、負ける客というのはわかるんだそうです。で、負ける客に助言ができるとすれば、「いったん席を立つ・別なテーブルに行く等で、ツキが回復するまで待ったほうがいい」だそうです。ですが、ほとんどの客はそれができずに倍張りなどをしてどんどん墓穴を掘るとか。


これ、なかなか印象に残りました。「麻雀放浪記」で有名な阿佐田哲也氏もどこかで

ツキが落ちたときは、首を縮めてじっと耐え、エラーを最小限にしながらツキが回復するのを待つ。これが最善の方法だ。
だが、そこまで悠長に構えていられる勝負はなかなかない。そこが難しいところだ。

というようなことを書いていましたから。


私はギャンブルをやりませんが、もし負け始めたら「ツキが回復するまで待つ」なんて絶対にできないでしょうな。カッカしてきて、ギャンブルの負けはギャンブルで取り返す、とばかりに、どんどん倍張りしてドツボにハマるんでしょうなあ。
そこに行くと阿佐田哲也氏は、「ギャンブル自体はプロセスであって、結果が全てだ。途中プロセスでどれだけ勝とうが負けようが関係ない。勝負途中の札束なんて鼻紙と変わりない」と言っているだけあって、ものすごく冷静です。


こういう人じゃないと、ギャンブルで勝つなんてのは無理なんでしょうなあ。



おしまい。